okku's diary

Jリーグ・大宮アルディージャ・読書・読書会について書くブログ

読書会とは実際どんな場所なのか 読書会に1年以上通ったので語ってみる ~猫町倶楽部の現場から~

みなさんは読書会という場をご存知でしょうか?
読書会とは何か。この事象を一言で表すのは難しいのですが、定義めいた言葉で書くなら「本を起点に何らかの活動を行う人の集まり」…ということになります。

本記事では読書会の実体験とその魅力についてなるべく沢山のことを書いていこうと思います。
というのも、読書会という場は未体験の方にとっては謎だらけのものだと思うからです。
何をやるのか。どんな人が来ているのか。運営しているの誰なのか。そもそも安全なのか。何が面白いのか…等々。
読書会に興味を持った方・参加を検討している方にとって少しでも参考になるものを差し出せれば幸いです。

本記事では猫町倶楽部という読書会での体験を元に読書会について書いていきます。


(猫町倶楽部についての詳細は後述しますがひとまず簡単に紹介)
[猫町倶楽部とは…。参加者の規模が日本最大級といわれている読書会。2006年発足。主要開催地は名古屋・東京・大阪・福岡(金沢でも時折開催)。]

・公式サイト

nekomachi-club.com


猫町倶楽部については会の代表が執筆した下記の本に詳しいことが書かれています

読書会入門 人が本で交わる場所 (幻冬舎新書)

読書会入門 人が本で交わる場所 (幻冬舎新書)

 

 


なお、一点だけ注意事項を…。
読書会には様々なやり方が存在しますし、またどう運営するかによってその会の特徴にかなりの違いが出てくるはずです。ですのでここで書くことはあらゆる読書会にとって普遍的な話もあれば、そうでないことが当然それぞれあります。そのことを少し頭に残しながらお読みいただければと思います。

目次

 

 

 

読書会の基本情報

まず初めに読書会の基本的な情報について。

・読書会は何をする場?
読書会とは具体的には何を行う場なのか。
読書会には大きく2つのタイプに分けられます。
1つは[紹介型]。2つ目は[課題本型]です。

まず紹介型の読書会とは何か。
これは参加者同士で互いに本を持ち寄りおすすめの本を紹介しあう集まりです。
(…実をいうと私はこのタイプの読書会はほとんど経験がありません。なので本記事では後述する課題本型の読書会を主題に書いていきます。)
紹介型の読書会を開催している会のウェブサイトを等を見ると、「今年のベスト本」等、何らかのテーマを設けてそのテーマに沿った本を持ち寄ってもらう形式のものもあれば、特にテーマも本のジャンルにも制限はなく参加者が自由に本を選んで紹介するものもあるようです。いわゆるビブリオバトルもこの紹介型読書会の系統に属するものでしょう。

それでは課題本型の読書会とはどういうのものか。
これは参加の条件が「指定の本を最後まで読んでくる」となっている集まりです。
例えば課題本が夏目漱石の「こころ」だったら、参加する方は「こころ」を読み終えた状態で会場(カフェ・貸会議室・図書館等)に集まり、参加者同士で各々の感想を語り合います。どのように話し合うかは運営方式次第ですが、オーソドックスなのはテーブルを囲んでお話する形式でしょう。猫町倶楽部は数十~百数十人ほどの参加者が一度に集まるので1テーブル6~8人ぐらいのグループに分かれて語り合っています。どれぐらいの時間話すかは会によってまちまちだと思いますが、1時間半~2時間ほどのイメージでよいと思います(6人ぐらいで話すとだと1時間程度では時間が全然足りないと感じるはずなので)

 

★そのほかの読書活動について★
ちなみに読書会以外の「読書活動」には、朗読などの読み聞かせ活動、本の展示・紹介活動、著者等のゲストを招いて開かれる講演会…等があるようです。この読書活動を行う「読書グループ」については調査データが存在します。読書推進運動協議会が作成している『全国読書グループ総覧』という資料には全国でどんな団体がどんな活動をどこでいつ行っているのか、というデータが掲載されています。これは図書館などで活動している団体を対象とした調査のため調査対象外となっている団体は多数あります。しかし読書活動に対して行われた全国規模の調査というもの自体が貴重なものなので興味がある方は目を通してみてください。「地元でこんな活動があったのか!」という発見があるかもしれません。読書会を行ってる団体の情報も沢山載っています。

 

◆私の読書会歴

私が読書会に初めて参加したの2018年9月のこと。

参加したのは猫町倶楽部の読書会で、課題本は『教養主義リハビリテーション』の回でした。ゲストに著者の大澤聡さんが招かれていた回です。
猫町倶楽部の読書会は原則として本の読了が参加条件である「課題本型」で開催されます。 

(その時の開催レポート)


読書会に参加をしようと思ったきっかけは「読んだ本について誰かと喋りたい」という気持ちが段々と大きくなっていったことです。

元々本は新書・ノンフィクション・社会科学系の本を中心に読んできました。
読むモチベーションは何か。それは自分にとって新しい発見があったときの快感を求めてのことでした。
言語化が難しいのですが…読んで新しいことを知り、自分にとって新しい発見があると物を見る目が変わる体験があるのです。
今まで霧に覆われてさっぱり見えなかったものが見えた(ような気になる)体験、今までそこにあったけれど存在すら気づかず捉えられていなかったものが姿・形・色を持って自分の中で現れるようになる体験。
これはもちろん読んだ本全てで起こることではありません(むしろ少ない方)。けれどこういった目が変わる機会は読書以外ではなかなか得られない体験です。この体験を得たい!という思いが多少興味を持った本ならとりあえず読もうという原動力になっていました。

しかし次第にせっかく新たな発見があって面白かった本に出合えても物足りない気持ちを持つことが多くなりました。

読んだ本の話を誰かと深いところまで話すことができないのが物足りないと感じだしたのです。
せっかく面白い話を知ったのだからこの面白い話を誰かと共有したい、のですが…。

例えば日常でふと、「あ、〇〇ではこんなことが書いてあったなあ…」という瞬間があったとします。しかしそこから「こういう本を読んだことがあるんだけど、この本にこんな話があってね…」ということを人に話すことは難しいのです。
1つは自分の伝達能力の問題。多くの場合人は一度読んだだけでは印象に残ったところもうろ覚えの度合いが高いし、そうすると読んでいない人に上手く伝えるだけの情報の量と精度を備えていないわけです。また「こんな具合だったな」と収まりよく要約ができそうでも「けれど読み返さないと正確さに自信がないな…いい加減なことはいいたくないな…」と思うとやはり口に出すのは憚られます。
もう一つは相手との問題、読んでいない人にも口頭でさっとそのエッセンスを伝えて相手が面白がってくれることはあるでしょう。しかし、いくら上手く落とし込んでもエッセンスはエッセンスです。そこから話が広がったとしても相手と共有している前提が違うので読んだ側の心理としては話の広がりが狭いところに収まっているように感じたり、話の展開に違和を拭い去れない(実はこうも書いていたしこんなことも言及はあったんだよな…とか)こともあるでしょう。消化不良です。


物足りなさがどんどん積もっていく中で私の脳裏に浮かんだ単語は「読書会」でした。

まだまだ言葉そのものの認知度が高くないかもしれない「読書会」。私の中にこの単語を浮かびあがらせてくれた出来事がいくつかありました。
Twitterでフォローしている人に指定の本を読んで集まる小さな勉強会を開いたり参加したりしている人がいて、楽しそうな集まりだなあと…ぼんやり思っていたこと。
それと大学のゼミで何回かやった輪読。レジュメを作って発表するのは面倒だったけれど読んだ内容についてゼミメンバーや先生と話すことは結構楽しかった記憶が残っていました。
だから「読書会ってものがあるんじゃないか?」と思えたのです。


そんな思いの中「読書会」とググったときにトップに現れたのが猫町倶楽部でした。
検索で他に見つかった読書会と比較すると、過去の開催結果を伝えるレポートも充実していたしメディアにも過去に何度も取り上げられている。なので少なくとも変な会ではなさそうだな、と思ったのが第一印象。
何より決め手は何となく本屋で見かけて気になっていた本が近日開催する読書会の課題本になっていたこと。
教養主義リハビリテーション』は当時気になっていたけれど多分買っても積読になるだろうから買うのはいいかな…と思っていた一冊だったのです。
こうして猫町倶楽部のサイトにたどり着いてから申し込むまでに時間はかかりませんでした。


実際に参加してどうだったか。
心の底から参加してよかった!と思いました。

知り合い等一切いない状態でしたがとても充実した時間を過ごすことができました(特に同じテーブルの皆さんが良い方達だったこと、ゲストの大澤さんが参加者の皆さんと積極的に交流してくださったことが大きかった…)。こんなに知的な刺激と楽しさが同居する場があったなんて…と感銘を受けたものです。

気になる本が立て続けに課題本となったこともあり2019年初頭からは毎月参加するようになりました。
今ではサポーターという―ボランティアスタッフのようなこと―も行うようになり、毎月1回以上は読書会に参加するようになっています。こんなに楽しい日々が過ごせるなんて、2019年の前には全く想像できませんでした…。

…このように書くとなんだか宣伝みたいですね。(読書会の魅力を語ろうという目的もあるので宣伝であるというのも間違いではないのですけれど…)


◆読書会という場所の楽しさ

ここからは読書会の楽しさの詳細について語っていきますが…その前に私が参加している猫町倶楽部がどんな場所なのかもう少し説明させてください。
猫町倶楽部は課題本のジャンルによって会を分けています。
東京の場合は…
文学であれば 『文学サロン月曜会第一会場』 ★『文学サロン月曜会第二会場駒井組』 ※第一会場は毎月1回開催、第二会場は隔月1回開催
ビジネス書・人文科学系の本であれば ★『アウトプット勉強会』 ※毎月1回開催
哲学書であれば 『フィロソフィア』 ※隔月1回開催
芸術系の本であれば 『藝術部』 ※不定期開催
エロ・グロ・ナンセンス…etc系の本であれば 『UG(Under Ground)』 ※不定期開催
また本ではなく映画を課題作品にして行う ★『シネマテーブル』もあります。 ※毎月1回開催
 
 ★=私が参加したことがある会
※他にも特別イベントが年に数回程度開催されます。

私がサポーターを行っているのは『アウトプット勉強会』。なのでアウトプット勉強会を中心に他の会にも顔を出すといったことを昨年は続けてきました。

 

さて読書会の楽しさについてですが…読書会はなぜ楽しいのか。それは主にこの2つのことを生み出すからではないかと思っています。
・読書生活が豊かになること
・新たな人とのつながりができること(サードプレイス的なコミュニティが成り立つ)

初めに読書生活が豊かになるということについて。
課題本型の読書会のよいところは、自分では手に取らないような本を読む機会ができるということです。

一口に読書好きといっても、人によって読む本の範囲は相当異なっているはずです。
例えば私は文学作品を読むことは今まであまりありませんでした。読まない理由として大きいのは何を読んだらよいのか分からない、ということ。作家や作品の名前、その作家や作品はどんな作品なのか・どのような位置づけのものなのか…。こういった知識をほとんど持たない私にとっては本屋に置かれている膨大な作品の中から何かを選び取るという術がなかったのです。また「とりあえず手当たり次第に読んでみよう!」といった熱意もありませんでした。もし読書家の方が身近にいればオススメの作品を教えてもらうといったことができるかもしれませんが…。

課題本型読書会であれば勝手知らぬジャンルから読む作品を選べない、という問題はまず解決します。そして参加するためには本を読まなければいけないため、買ったけれども積読といった事態も回避することができるのです。
自分だけでは読む機会などなかった本。買っても早々に積読状態になってしまいがちな本。そんな本を読み切る機会が読書会によって生まれるわけです。

ですから課題本型読書会ではその会でどのような本が選書されるかが大事になってきます。
せっかく読んだのに発見もないし面白くもない、という本よりもこの機会に読んでよかったと少しでも思える本に触れたいと考える方は多いはずです。
私が猫町倶楽部に継続して参加している理由の一つに選書の質が挙げられます。
猫町倶楽部ではなるべく古典や名著と呼ばれている本を課題本にする方針を取っています。比較的新しい本が課題本になることも多くありますが一人では読み切るのが難しい(会の代表は「脳が汗をかく本」とも表現している)本が選ばれています。*1

(実際に過去に選ばれた課題本を調べ、ここなら今後も読んでみようかなと思える本が選書されそうだなと考えたことも参加してみようと思えた重要なポイントです)
これなら読んでみて自分にはあまり面白さが分からなかった…という本があっても、読書体験として残るものもあるでしょう。いささかスノッブ的ではありますが、「一応自分は〇〇を読んだ」と思うこともできますしね。


実際に猫町の読書会に参加して、今までの自分だったらまず読むことはなかっただろうな、という本を読む機会ができました。

 

崩れゆく絆 (光文社古典新訳文庫)

崩れゆく絆 (光文社古典新訳文庫)

 
密林の語り部 (岩波文庫)

密林の語り部 (岩波文庫)

 
ハイファに戻って/太陽の男たち (河出文庫)

ハイファに戻って/太陽の男たち (河出文庫)

 
タタール人の砂漠 (岩波文庫)

タタール人の砂漠 (岩波文庫)

 

 

おかげで文学作品の中にも「これは読んでみたいな…」とか「これは面白そうかも」、などと思える作品が多少ではありますがいくつか挙がってくるようになりました。(ただ今まで以上に「読みたいけど手を出せてない」という本が増えたのは悩みですが…)


本について話すということ

読書会の醍醐味はなんといっても本の内容について込み入った話をできることでしょう。
話すことができるという喜びはもちろんのこと、他の方との会話によって予想もしていなかった新たな気付きや発見があることが読書会の面白いところなのです。
自分にはよく分からなかったところを他の人はどう読んだのかを知ること。逆に自分では注目していなかったところに着目した意見に触れられること。自分の持つ目で見れることがいかに限定されているかを思い知ります。

当然ですが読書会に集うのはそれまで全く別々の人生を歩んできた方々です。
どこで育ったのか、過去には何をしていたのか、今は何をしているのか。どれぐらいの時間を生きているのか…。あらゆることが違います。感性や他にも考え方に違いを生む要素は沢山あるでしょうが、異なる人生を歩んだ方たちが集まるという点が読書会に多様さをもたらす重要な要素なのだと思います。自分自身が所属する/してきたコミュニティにはいなかった(もしくは関わることのなかった)生き方をしている方から受ける刺激は楽しく、そして勉強になるのです。

他の人の話を聞いていると今度は自分の中から新たな気づきが出てくることがあります。
上手く言語化はできていないけれどなんとなく引っかかっていたこと。これが言葉を得たものになっていくことがあります。話を聞いているうちに読書会に参加する前には思い浮かばなかった話したい話題が出てくることもあります。
なのでせっかく読了したけど特に話したいことなんてないなあ…と思っても読書会に行くと意外と話したいことが出てくることがままるのです。だから2時間近くの読書会…?そんなに話すことあるの…?と思っていても、話していると意外とあっという間に終わってしまうことが多いんです。

自分なりの意見を話し、それが誰かの気づきにつながり、その気づきが会話に挙がればまた誰かに思いもよらぬ発見を与える…。
そうして会話がどんどん予想外のところに展開していく。これが楽しいんです。

一つ付記するなら自分の中からの気づきというのは読書会中だけに起こることではありません。
少し時間が経った後にそういえば…あの時こんな話が出たなあ、なんて具合に時間を置いた後でも読書会で交わした会話が発見の種になることもあります。だからよい読書会だったかどうかはその場だけでは意外と判断できないのではないか、と私は考えています。


人とつながるということ

読書会の大きな副産物は人とのつながりができることでしょう。

読書会では2時間近く話しますし、読書会後の懇親会(猫町倶楽部では読書会後に任意参加の飲み会が開かれています)を含めるとかなりの時間色々な人と話す機会があります。読書会で同じテーブルだった方たちとよりくだけた話をするのもよし、読書会では別のテーブルにいた方々と話すものよしです。読書会後の懇親会であれば別のテーブルだった方とも共通の話題が沢山あります。本の感想とかお互いのテーブルでどんな話が出たか等…。話題探しにはそれほど困らないのです。

私が初めて参加した時は懇親会で本好きならではの会話をできたのが楽しかった思い出があります。
(本棚には自分の中での”1軍”をまとめて並べるゾーンがあるよね…とかそんな話)
色々な方から面白そうな本の情報を聞くのも楽しいですね。自分が日ごろチェックしていないジャンルの情報を聞くのはとても有難い時間です。

こうして色々な方と話していると、気が合うと人とか共通の趣味を持った人と出会うこともあります。
そもそも本について話すということは間接的に自分のことも語るような性格があります。読み方の違いにお互いの考え方の違いが出るので、この人面白いなあとか気が合うなあとかそんなことが判明しやすい環境かもしれません。(もちろん違う点だけでなく共通点も)

読書会で楽しい話ができた体験をする。知り合いや気の合う人が読書会でできる。こうなると読書会参加の動機も増えていきます。
課題本について凄く興味があるわけではないけど、読書会に行ったら楽しい話ができるかも、〇〇さんとか△△さんが来ているかも…。こんな風に人が起点になって本を読もうという気持ちが生まれるのです。

そうして段々と仲の良い人ができて、読書会以外の日にも飲んだり遊びに行ったりする関係ができる方も結構います。私も実際に度々飲みに行ったりとか、お互いにヒップホップ好きということもあって友人になった人とは映画やライブにも一緒に行ったりしました。(美術好きの人は〇〇展に行こうよ、とかそんなことも結構やっていたりします)*2

コミュニティとしての読書会。これを語ろうとするとまだまだ*3色々なことが書けるのですが…本記事ではひとまずこの辺りで。


◆読書会へのよくある疑問

以上のように書くと読書会はいいことづくめのように聞こえますが読書未体験の方からは様々な疑問があると思います。
そこで代表的な疑問・重要な疑問と思われるもの対して私なりの答えを以下に書いてみました。

Q:そもそも安全な場所なのか

読書会への不安としてその会は安全な場なのか?という疑問があると思います。
表看板は読書会だけれども、実は何らかの勧誘が目的で行っている会ではないか…。
気になる読書会を見つけた時にこのような疑いを持つ方は結構いらっしゃると思います。

実際猫町倶楽部に初めて来てくださった方の声を聴くと、参加するまでに何年も迷っていた方・新聞の書評で紹介されていた本の著者の読書会だから大丈夫だと思って参加できた、という方が少なからずあるのです。

その読書会が安全な場であるかどうやって判断するか。難しい問題です。
判断材料になりえるものが全くないわけではありません。
例えば…。
・ウェブサイト上で開催結果を写真付きの記事で毎回報告しているか。(参加者の姿が写っているものならなおよし)
・参加した感想がブログやSNSで上がっているか(関係者とは無関係な方が書いているかどうかは要チェック、この意味ではこのブログはアウト…!?)。
・きちんと取材・裏取りを行うであろうメディアに真面目に運営されている読書会として取り上げられているか(大手メディアだけでなく地域メディアもチェックするとよいかもしれません)。
・長年特定の図書館・公民館を使っている団体であるか。
施設ごとに審査を行っていることはおそらくないでしょうが、あまりにも問題がある団体の場合クレームがあって施設使用できなくなる…という実情はあると思います。その為長年利用している団体であれば大きなトラブルが起こっていない可能性は大きいと判断できるかもしれません。

いずれにしても何かこれがあれば大丈夫!といったものはありません。読書会は本と場所があれば誰でも開くことができるのが良い所なのですが、読書会を探す側に立ってみると下調べに手間がかかるという短所にもなっています。

============
この問題は食べログ的な読書会レビューサービスがあればもう少し読書会を探す人にとって便利な状況になるのではないかなと個人的には考えています。

例えばこのサイト
『読書会へ行こう!』

こちらは2019年8月に開設されたばかりのサービスです。登録されている読書会の開催情報を検索することができます。
一応こちらのサイトでは読書会ごとに個別のページがあり、そこにコメントを書くことができるようですが*4、ここをもう少しレビュー的な性格が強いものにして初参加の方にとって判断材料となる情報が集まるようになるとよいのでは?と思います。レビューサイトというのもなかなか難しい問題はあるでしょうが、現状よりは読書会情報を探す人にとって良い環境になるのではと思います。

============

そんなわけでとりあえず参加してみて!とは簡単に言い切れないのですが…。
個人的には上の条件を1つ以上クリアしていて、カフェや図書館など(第三者の目がある/利用に一定の信頼が必要な場)で開催されてるものなら安全性についてはそこまで心配はいらないのではないかと思います。

 

Q:そんなに良い人ばかりではないのでは?嫌な人が読書会にいたらどうするのか

読書会に自分とは合わない方がいたらどうすればいいのか。不快な発言をする人や自分を物凄く批判してくる人がいるのではないか…。

まず読書会では人の組み合わせによって「当たりはずれ」があることは否定できません。
自分にとって物凄く嫌な人がいたとか、嫌な人はいなかっかけどいまいち盛り上がりにかけたとか、同席するメンバーの組み合わせによってはそうしたこともあるでしょう。自分とは意見の合わない人がいるというレベルならまだしも、場を萎縮させるような発言をする人がいたら読書会は台無しです。
何の決まりもなく、ただ話しましょうというだけではせっかくの読書会が苦痛な時間になってしまう可能性もあるのです。

例えば猫町倶楽部の場合は読書会の場に一つだけルールを設けています。それは「参加者の意見の否定・批判はしない」というルールです。これは本・著者への批判を制限するものではありません(遠慮せずどんどん言ってOK)。またこれは他の参加者の意見に対して異論を言ってはいけないということでもありません。違う意見を言えない/聞けないのであれば読書会の魅力は半減してしまいます。
このルールによって制限されるのは参加者の人格批判や「あなたその意見は間違っていますよ!」といった発言だと私は理解しています。こうした種類の発言を禁止することによって場が委縮してしまう事態を回避し参加者間で気楽に発言しあえる空間を作る、といった狙いがあるのだと思います*5。また猫町倶楽部の読書会は「正確な読み」を目指して討論する場ではない、ということも関係しています。
このルールの運用には難しい部分はあります。異論と意見否定の境界ははっきりと区別できるものではありません。また意見否定だとはっきりと言えるような発言があった場合にその場でどう対処すべきかも状況によって異なるでしょう。
まあ経験上実際そこまで困った事態は猫町の読書会ではあまり起こりません。穏当に他の方とコミュニケーションを取る方がほとんどです。

もし読書会を楽しく意義ある場にするために何かしたい…と思うのであれば、いち参加者としてできることは少しでも考えることでしょう。参加した誰もが萎縮せず意見を交換できる場にするには何を心掛けるべきなのか。「意見否定はしない」ルールの目的である(と思われる)このことを参加者一人一人が少しでも考えることが大事なことだと思います。

以上、猫町倶楽部のルールを例に出して場の運営について書きましたが…。どの読書会にも何かしらの目的や理念があって会を運営しているはずなので、その目的から離れた場にならないようにどんな工夫を運営側が行っているかは注目すべきポイントであると思います。


さて続いて自分とはあまり合わなそう…という方がいた場合にどうすればよいのか。ですが…。
意見をはっきり否定されているわけではない、けれどこの人の意見はなんだか自分は嫌いだしもやもやする(否定はできないし…)。こんなことがあった場合は3つのアプローチを個人的にはお勧めします。
一つ目はなぜこの人はそんなことを考えたのだろう、ということを考える。二つ目はなぜ自分はこの人のように考えなかったのだろう、ということを考える(これは『読書会入門』からの受け売りでもありますが…)。
同じ本を読んでなぜこんなに意見が違うのだろう…ということを起点に相手のことを考えると同時に自分自身についても考えてみる。そうすることで得られる気づきがあるかもしれません。
当然ですがこれは相手の意見に賛同・共感しなくてはいけないなんてことではありません。いつもより少し踏み込んで相手や自分のことについて考えてみた、考えてみた結果やっぱりこの意見には賛同しないなあとか好きじゃないなあとなってもよいわけです。相手の考えを初めから受け付けない態度は読書会をつまらなくしてしまいますが、かといって相手におもねりすぎて自分の中ではやはり違うと思うものを無理に飲み込んでしまうのも苦痛な読書会になってしまうでしょう。

三つ目のアプローチは「今日は引きが悪かった」と思うこと。
先ほども書きましたが読書会は人の組み合わせによって”当たりはずれ”はあります。
特に何も意識せずともとても話しが盛り上がることがあったかと思えば、話の角度を色々変えてもいまいち盛り上がらない…ということもあります。
なので初めて読書会に行ってみたがつまらなかった・居心地が悪かった、という時には…もう何度か参加してみることをお勧めします。大規模な読書会であればそこにもう一度行ってみる(おそらく次回は全員全く違う人が同席するはず)。小規模な読書会であれば他の会に行ってみる。…そうして「今日は楽しかった!」と思える日がくるかもしれません。

とはいえ盛り上がらなかったと思った読書会も、後になってふとその読書会で得たことが思い出されることもあります。先にも書きましたが、読書会の当たりはずれはその瞬間には判断できないところがあるのです。「その瞬間」は引きが悪かった日だったなあ…と思っても、実は隠れた当たり回であるかもしれないのです。


Q:本の内容をよく分かっているor本の面白さが分かっている人でないと参加してはいけないのか

「読書会ってよく分かった!とか面白かった!…という本でないと行ってもつまらないのでは?」
「読書会って内容を本の内容を深く理解していない人が行ったら周りに迷惑なのでは?」

読書会に対してこのように考えている方もいらっしゃると思います。

そんなことはありません。

「よく分からなった本」「面白いとは思わなかった本」の読書会は意外にも楽しい時間になることが多いというのが実感です。
また「本の内容を深く理解している」人ではないと読書会に参加してはいけないということも全くありません。むしろ「本の内容を深く理解して」いないという自覚の人が読書会に参加することは他の参加者にとっても意義あることなのです。

どういうことでしょうか。

「よく分からなかった本」「面白いとは思わなかった本」と思った本は他の人がどのように読んだかを聞くことで、自分では理解できなかったポイントを読み解く手がかりを得ることができます。自分では特に何も感じずにいた箇所に面白さを見出した人からの意見も刺激的です。
また自分では理解していたと考えていたポイントを全く違う観点からアプローチした意見に接すること。面白い本ですねという見解は一致したけれど、よくよく話を聞いてみると何に面白さを感じたかが全く違うことが明らかになること。こういった瞬間も読みの可能性の広さを感じられる楽しい時間です(課題本が文学作品の場合には特に多いと思います)。
仮にその場にいる全員が「よく分からなかった」のであればみんなでなぞ解きをするようにそれぞれの意見を出し合うことで一人で読んでいた時には見えなかったものが見えてくるかもしれません。
それから「私は正直今回の本は難しかったです…」「いやー…よく分からなかったですよね…笑」なんて話題で盛り上がることだってあります(みんなで課題本の愚痴を言い合うのが盛り上がって存外に楽しかった!なんてことも)。難しい・分かりづらいと思っていたのは自分だけではなかったのか!ということに気づくのも大事なことではないでしょうか。分からない自分が無知・無教養すぎるのか…?と過剰なまでに自分を卑下する気持ちも小さくなりますしね。

そしてもう一つ大切な観点があります。
それは、自分の意見が他人にどう受け止められるかは未知数である。ということです。
ここで実際にあったことを紹介します。

課題映画を見て語る『シネマテーブル』でのこと。
その日は『ジョーカー』が課題作品。
参加する前は今日は重い話が多いのかなあ…と思っていました。ところが会の冒頭で盛り上がったのは「ジョーカーかわいい説」だったんですよね。テーブルの複数の女性から「この映画のジョーカーはかわいいのが魅力」といった趣旨の感想が挙がって、まさかそんな視点で見ていた方がいたとは(それも何人も!)全く想定していなかったのでとても驚いたことを覚えています。
この日はもう一つよく覚えてることがあって、私がふと「アーサー(ジョーカー)って今だったらYoutuberになって案外人気者になってたかもしれませんね」と発言*6したら「その視点は(考えたことが)なかったなあ…!」と本当に驚いていた方がいた、という出来事です。この驚いた方は私からすると色々な映画を見ていて映画に詳しそうな人だなあ…と思っていた方なので、まさかこの方が私のこんな感想で驚くとは思ってもいませんでした。
私の中では「もし〇〇がYoutuberだったら…?」ということを想像するのは割とありふれた発想だと思っていたので、驚くような反応があることは全くの予想外だったのです。

他に記憶に残っている感想といえば、課題作品が『タタール人の砂漠』の時の事。
ネタバレになるので詳しい内容には立ち入りませんが…。私はこの作品の主人公ジョヴァンニ・ドローゴは可哀そうな最後を迎えたと考えていました。しかしこの主人公の最後について「人って最後の瞬間まで戦うことができるんだなって思いました」と全く私とは違う読み方をしている方がいて、驚きと同時にこれはこれで素晴らしい解釈だと思ったことを覚えています。

上記で紹介した方々が自身の感想についてどのように考えていたかは分かりません。しかし自分の感想が他の人にどのように受け止められるのか、これが予想できていた方はいなかったのではないでしょうか。
これは誰にとっても同じことでしょう。誰も自分の意見がどう受け止められるかを予想することなんてできません。
自分にとってはありふれた考えだと思っても、自分では浅い理解だと思っても、その意見が他の人にとっては新しい発見になるかもしれないのです。ですから読書会に行ってみて「あれ…みんなの感想と自分の感想は大分違うな…」と思ってもそこで気後れしなくても大丈夫です。他の人との感想の違いを考えることは大事ですが、自分の読みが間違っているのではないか…と思ってそれを言わずに済むのは自身にとっても周りの方にとってももったいないことだと思います。

課題本を読んで自分では「よく理解できない本」と思った人「面白くない本」と思った人も読書会に参加してみてください。自分自身が様々な発見を得る・楽しむのと同時に、誰かにとって新しい気づきを与えられる人になるかもしれないのです。

本の内容をどれぐらい理解できたと思ったのか、どの程度面白さを感じたのか…これらのことと他の方にどのような気づきを与えられるかはまた別の話なのだと思います。


最後にこの話題に関連して読書会を楽しむコツを少し。
読書会は「内容を理解できたと思ったかどうか」に関わらず楽しむことができる場です。とはいえできる限り踏み込んで考えながら本を読むことを個人的にはおすすめします。
難しいと思う所も分からないなりに少しでも踏み込んで考えてみる。考えた結果よく分からないなと思ったらとりあえず読み進める。そうやって踏み込んで読んだ結果生まれた思考の断片…のようなものが、読書会で活きてくることがあると思うのです。
自分の中でまとまりきらなかった思考の断片が他の人と話しているうちに明確になる。上手く噛み合わないと思っていた断片たちがガッチリ噛み合う。このようなことが自身の中で起きるかもしれません。
また「私は初めこう考えたのだけれど、ただやっぱりよく分からないな…と思いました」とこのような形で思考の断片を話すことは他の人の気づきのきっかけや話を盛り上げる材料になるでしょう。
考えた結果、よく分からない・面白さが分からないとなるのは全く問題ありません。その人なりに理解しようと少しでも考えることが大切なのです。思いもよらない形で日の目を見ることがあるのですから。

 

Q:読書会って素人同士の集まりでしょ?勉強になるの?/意識が高い人が多そうで敷居が高く感じる…

一見正反対な疑問ですが、問いに対する答えが近いので同じ項目にまとめました。

改めてことわっておくと、読書会の運営方針やメンバーの雰囲気によってこの点はかなり異なってくると思われます。

猫町倶楽部の場合は…(既に何度も本記事で述べましたが)他者の意見に触れられること、そこから様々な気づき・発見が得られることを大事にしている読書会です。自分の中にない発想を知る・育てる、こうしたことに価値を置いている場なのだというのが私の理解です。
ですから猫町の読書会というのは”意識が高く”ある必要は別にない場なのだと思います。じっくりと考え抜いた意見も気軽に思いついた意見もどちらも存在していいし、どちらも存在できることが大事な場です。ですから”意識が特に高くない”とか”意識が低い”と自認している人も気楽に参加していただいて全く構わないと思います。実際いい意味で猫町の読書会は”意識が高く”ないというのが実感でもあります。


「…それで正確に本を読んだことになるのか?本の内容を真に理解できないのでは?」
こうお考えの方もいらっしゃると思います。

そもそも本の内容を正確に理解する、ということはどういうことでしょうか。
この「本の内容を正確に理解したい」という考えには言明されていない前提があるのではないかと思うのです。
というのも、理解とは唯一の答えに収斂されるものではなく、本読む目的によっていくつもの理解の仕方が存在するのではないかと思うからです。

例えば「部下のマネジメントに役立つ心理学のメソッドを紹介する」という本があったとします。
この本を正確に理解したい、という人はどのような状態になれば「正確に理解」したと考えているのでしょうか。
真っ先に思い浮かぶのは、書かれた手法によって実際に部下をマネジメントできるようになること、という状態に至ることでしょう。しかしこの状態に至ることだけが「正確に理解」したことにあたるのでしょうか。
心理学の観点から見て本で紹介されているメソッドや応用例が適当なものであるかどうか判断できる、このような状態に至ることはどうでしょうか。
心理学などの専門知識がビジネス書でどのように理解され紹介されているのか・読まれているのか、このような専門知論的な観点から読み解くことはどうでしょうか。
本あるいはビジネス本のマーケット研究という観点から読み解きこの本の売れたor売れなかった理由を内容面から探る、このような読み方はどうでしょうか。
日本とは異なる文化・慣習からの視点も見逃せません。外からの視点で読み解くことによって日本で暮らす者ではなかなか気づかない本の特徴を掴む、という読み方もあるでしょう。

このような例は挙げればきりがありません。おそらく他にも様々な読み解き方があるはずです。
立つ観点が違えば正確な理解というもののあり方は相当に異なってくるのではないでしょうか。そして同じ観点から見ているからといって、一つの読み方だけが正解ということはなかなかないでしょう。同じ観点から見た一定の説得力を持つ読み方がいくつも同時に存在することがそれほど不自然なことだとは思いません。
また読み解く対象が変われば、本に応じて読み方の様相は更に多種多様になっていくのではないでしょうか。(文学作品やあるいは何らかの学問の立場からものを論ずる本などは読み方の幅が特に広そうです)

以上のように考えますと、「正確な理解」につながる読書会というのは人によって異なるものだと思います。*7

ですのであなたがどのような観点からの読みを目的としているのか、その読書会がどのような観点からの読みを目的としているか、この二つを考えることも読書会選びのポイントの一つになるのだと思います。

私は猫町の読書会を一種の勉強の場であると考えています。自分一人だけで読んだときには気づかなかった観点を知ること、自分ではしなかった読み方を知ること。そうして考える材料や発想のきっかけを得る。そういった勉強ができる場であると思っています。
様々なバックグラウンドを持つ方がいるということが猫町のような読書会の長所でしょう。これは特定のプロフェッショナルや専門家が集まる勉強会には逆にない特徴ではないで、ここでしか得にくいものがあると思います。(もちろんこれはどちらが上とか下とかそんな話ではなくそれぞれに特徴があるということです)
得たことを考えてみて、この考え方は納得いかないとか賛同しないなと思ったらそこで一旦考えるのはやめればよいし、これは面白い!とかもっとこの観点から考えてみたいというものがあったならそこからどうするのかは自分次第。
もし読書会の場で得たことをもっと追究したいのであれば、その手助けになるのはまた別の何か(本・学習の場・先生など…)なのだと思います。

 

みなさんは「勉強会」という言葉からどんな場所をイメージしますか?

私たちは猫町倶楽部の読書会の中で「アウトプット勉強会」の名を冠する会ではありますが、「勉強会」という言葉からよくイメージされがちなものとは少し異なる場であると思っています。
この会は…「浅いかな?」「これちょっと不真面目かな…?」と思う意見、「これは深読みしすぎ?」「お堅すぎかな?」と思った意見、どんな意見でも(他の方の意見を尊重しつつ)気軽に出し合うことができる場です。
様々なバックグラウンドを持つ人がいて、硬軟様々な色を持つ意見が飛び出てくるという体験…。
それは一人の読書でも専門家やプロフェッショナルが集まる場でも得られない体験なのではないでしょうか。
学びの場にも楽しいお喋りの場にもなる、そんな場所です。まだ参加したことない方もどうぞ気楽に参加してみてください。お待ちしています。

http://www.bookreading.nekomachi-club.com/report/72396

 

おまけ

おまけ1:読書会の課題…多様性の中にまだないものについて

読書会の魅力は様々な人が参加している空間であることなのですが、個人的に少し気になっていることがあります。
猫町の読書会に行くと確かに色々な人が参加しているけれども、こういう人って少ないよな…と思うことがあるのです。
参加者に関するデータがあるわけではなくあくまで体感値なのですが…。
①子育てをしている人
猫町の読書会って参加者の多くを占めるのは独身・あるいは子供が大きくなって子育てにひと段落着いた人という印象があるんですよね。(読書会ではわざわざ聞いたり話したりしない限りは家庭の事情を知る機会はほとんどないから自分が思っている以上に今まさに小さな子を育てている途中という人はいるかもしれませんが…)
子育て世帯は忙しくて読書会どころじゃないよ!という事情があるのは重々承知なのですが、今まさに小さな子供を育てている人の視点もこの場にもっとあったら…と思うのです。

猫町倶楽部は都市型読書会?ともいえるもので、参加者の大半は多少足を延ばして会場まで来ているというはずなのです。そして会場近くに子供を見てもらえるところを用意しているわけでもありません。これでは子育てをしている人にとってハードルがあることは間違いありません。これは猫町倶楽部以外の都市型読書会にも共通する点だと思います。
地域に根差した読書会の場合は事情が大分違うのかもしれません。会場が託児機能を備えた図書館などの公共施設(ざっと検索するとこのようなところはあまり数は多くないようですが…)であればハードルは下がるはずです。

これは読書会の問題というより、社会的な課題が大きく関わっていることだと思います。小さな子供を育てている人が外のイベントに参加しにくい、これは様々なものが積み重なって起きている現象なので一読書会にできることは限られているでしょう。
ただできることは限られているとはいえ、猫町倶楽部のような大規模な読書会は規模の力を活かして何か子育て世帯を呼び込むアプローチはできないものかなあと思うのです。

②海外出身の人
仕事や留学がきっかけで日本に来た人。そうした親の元で育った2世・3世の人。
こうした方々から得られる視点もとても大切だと思います。
日本には既にこういったルーツの方々が沢山住んでいるはずなのでが、少なくとも猫町の読書会で見かける機会はほとんどないといってもよいです。
これも様々な事象が折り重なって起きていることだと思うので難しい問題ですが、読書会側としてできることはなるべく読書会の存在を周知し会の存在を知ってもらうということでしょうか…。

 

おまけ2:読書会の探し方について

読書会を探す方法は色々あります。私の知ってる範囲の手法ざっと書きましたので参考にどうぞ。

・ウェブから探す
a.こんなキーワードで検索する(誰もが思いつく範囲のワードでしょうが…)

読書会
読書会 <地域名>
読書会 <本の名前>

b.Twitter・インスタで #読書会 のタグで検索してみる

c.専門サイトから探す
『読書会へ行こう!』
https://dokusyokai.me/
新興サイトですが読書会の開催情報を気軽にチェックできるのが魅力。

他に読書関連のサービスでは、読書メーターのイベントページにも読書会情報が載っていることがあります。https://bookmeter.com/events

d.図書館や読書関連のイベントを行う施設のサイトをチェックして読書会の情報が載っていないかチェックする

e.地域のイベントを掲載するサービスに読書会情報が載っていることもあるのでこういったサイトをチェックするのも有り

・ウェブ以外から探す

a.図書館のお知らせコーナーにはウェブに掲載していないイベント情報を載せていることがあるので実際に施設に行くor問い合わせてチェックする (地元の図書館が実際そう…)

b.5年ごとに作成されている『全国読書グループ総覧』という資料に全国の読書会情報(ただし図書館等で活動している団体に限定)が載っています。ウェブにあまり情報の無い地域の読書会を探す助けになると思います。多くの図書館に所蔵されている資料のようですのでそれほど苦労することなく閲覧できる資料だと思います。

 

おまけ3:ウェブで読める猫町倶楽部の詳しいことについて

実際の読書会の様子は公式サイトの開催レポートページに多数掲載されています。

開催結果レポート |猫町倶楽部 -猫町倶楽部の読書会-

※(2021/1/26 追記)上記サイトは旧HP。新サイト上ではブログページなどに記載。

ウェブで読める読み物や代表へインタビュー記事もあるので猫町倶楽部について知りたい方は下記も参考にどうぞ。

 

『読書会入門』の内容を抜粋した記事が掲載されているページです

猫町倶楽部代表へのインタビュー記事。どのような考えで会が運営されているか語られています。

こちらも代表へのインタビュー記事。婚活という文脈からのインタビューですが猫町倶楽部の読書会の雰囲気を知る参考になる記事です。


おまけ4:もし課題本型読書会を探していて「なかなか読みたい本が課題本にならない…」となった時は? (2020/3/14追記)

下記の記事にて詳述しましたので、よろしければご覧ください。

 

おまけ5:読書会を語る雑誌連載『読書会という幸福』(2020/5/4追記)

岩波書店の月刊誌『世界』にて『読書会という幸福』という連載が2020年1月号より掲載されています。
執筆者は翻訳家・司書の向井和美さん。『プリズン・ブック・クラブ 刑務所読書会の一年』という本の翻訳者でもあります。

残念ながらまだ私は当連載の中身を拝見できていませんが、読書会について知る・考える助けになる連載ではないかと思っています。
というのも、同誌の2019年の8月号に掲載された『本をとおして人はつながる 読書会という幸福』という向井さんの寄稿を読んだことがあるのですが、これは読書会とはどういうものであるかを良い言葉で書かれている記事でした。その記憶から来る期待があるのです。
こちらの寄稿によると向井さんは長年の読書会参加者であるとのこと。深い経験に基づく観点からどんな風に読書会について執筆されるのかが楽しみです。
この連載はいずれ書籍化されるのでしょうか?(して頂きたい…) できるだけ早く書籍の方で読書会語りを拝見したいと思っています。


おわりに

読書会について書こう、特に読書会に持たれがちな疑問について自分なりのアンサーを書こう。
そんな風に思って書き始めたら大分長くなってしまいました。

読書会は楽しい場です。読書会という存在が気になっているがその一歩を踏み出せない…もしそんな方がいらっしゃれば少しでも本記事が何かの参考になれば幸いです。

 

f:id:Oku_D7:20200103231304j:plain

2019年猫町倶楽部の読書会で読んだ本たち(オーディオブック&再読した1冊を含む)

  

読書と社会科学 (岩波新書)

読書と社会科学 (岩波新書)

 

 読書会について考えるならこの一冊も。

*1:選書は代表のタツヤさんが基本的に決めている。月曜会第二会場駒井組は光文社古典新訳文庫創刊編集長の駒井稔さんが選書を担当。選書が代表に一任されている理由はコミュニティの維持の観点から。詳しくは『読書会入門』p119参照

*2:猫町倶楽部の場合は昔からmixiを参加者同士が交流する場として使っています。「え?今もmixi?」と思う方がいるかもしれないが今もmixiなのです。交流したいと思える人がいることがSNSって大事なんだなとつくづく思います。匿名性の確保とコミュニティ機能があれば(イベントページやスレッドの作成等)他のプラットフォームを使ってもよい気がするのですけれど…なかなかいい候補はないですね。

*3:読書会をサードプレイス的な場所として見た場合の話など

*4:※2020年1月3日時点

*5:猫町倶楽部のルール・ポリシーは厳格に決まっている者ではないので断定調の描き方は避けました。詳しくは『読書会入門』p121参照

*6:今考えると別にそんなことはないかもな、と思ったりもするのですが…

*7:「正確な読み」の考えについては 内田義彦『読書と社会科学』に大変示唆に富むことが書かれている(p29などに)ので一読をおすすめします