okku's diary

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皇后と読書 美智子『橋をかける 子供時代の読書の思い出』

美智子上皇后は本を愛する方である…と聞いてどれほどの人が「そうそう知っているよ~」と頷けるでしょうか。少なくとも私はつい最近までなら「ああそうらしいね(詳しいことは知らないけど…)」と答えていたと思います。

「そうらしいね」を「そうそう知っているよ」に変えたのが『橋をかける 子供時代の読書の思い出』です。本書には美智子上皇后が1998年のIBBY(国際児童図書評議会)ニューデリー大会の基調講演(ビデオ)で「子供の本を通しての平和」をテーマにお話しされた原稿が収録されています。

橋をかける (文春文庫)

橋をかける (文春文庫)

  • 作者:美智子
  • 発売日: 2009/04/10
  • メディア: 文庫
 

講演では子供時代の読書…つまり疎開先での読書を振り返りながら、子供にとっての読書はどんな意味を持つのかという事について語っています。

特に講演終盤の『今振り返って,私にとり,子供時代の読書とは何だったのでしょう。』から始まる一文にはとても感銘を受けました。 本を愛する人であれば是非一読していただきたい文章です。

実はこの講演、宮内庁のサイトで全文を読むことができます。

ウェブで全文を読めるのですが、書籍版には注釈が丁寧につけられているので個人的には書籍で読むことをお勧めします(特に『平和のための祈り』から引かれたと思われる「平和の道具」という言葉は注釈無しでは元ネタに気づかない人が大多数だと思います)。

 その他本書には、バーゼルで開かれたIBBY50周年記念大会での美智子上皇后の挨拶・美智子上皇后IBBYの人々との関わり・本書(の底本)が出来上がるまでのエピソードなどが収録されています。その本書の出版過程を語っている箇所によると、過去に美智子上皇后が本を出版した際に自身の希望で著者名を「美智子」表記にした事にならって本書の著者名表記も「美智子」にしたとのこと。(著者名の表記はどうやって決めたのだろう?と思っていたので疑問が解決しました)

 

本書の存在を知ったのは『最後の読書』という本の「本を読む天皇夫妻と私」の章(Webでも読めます)。

タイトル通り現上皇上皇后の読書について書かれたエッセイ。上記のIBBYの講演を引きつつ結ばれた文が素晴らしいです。一読をお勧めします。

美智子上皇后と本、という点でへええと思ったのはこのエピソード。婦人之友社の百周年を記念する催しで、筆者の津野さんと美智子上皇后が会話した際に本の判型「スキラ判」についての話題になった時の事。

編集者でも装丁家でもないふつうの読者は、「スキラ判」ときいても、たいていはなんのことかわからないですよ。ところが美智子皇后はごくあたりまえのこととしてスキラ判の魅力について語った。あれ、と思いましたね。本とのつきあいの深さが並みではないぞと感じたのです。 

最後の読書 p80より

(私もこれを読んで初めて知りました…)


…以上の事を知って「そういえば」と思いだしたのが2017年に岩波文庫化された『星の王子さま』。こちらには訳者の内藤濯さんの息子である内藤初穂さんが書いた「『星の王子さま』備忘録」という文章が収録されているのですが、ここに美智子上皇后が『星の王子さまの会』という集まりに顔を出されていた話が紹介されているのです。

星の王子さまの会』というのは「童心のありかたをつきとめようとしているあつまり」(内藤濯さん談)であったそうです。一種の読書会ともいえるものだったのでしょうか。メンバーは内藤濯さんの他、児童文学研究者・児童文学を愛する人々で構成されていたようです。星の王子さまの歌を作り会のメンバーで歌うようなこともしていたとか。 

こちらの会に「お忍び」(当然ながら警護付き)で出席されていたのが美智子上皇后。週刊誌が会への出席を報じたことを発端に会を巡る喧騒が徐々に大きくなり(美智子上皇后との同席だけを目的とした人々が出席しようとする等)会は打ち切りとなってしましたが、短いながらも楽しい時間を過ごされたようです。

 

本を愛する人間としての美智子上皇后。その姿から学ぶこと、その姿を知ることは「人生の全てが、決して単純ではない」ことをより深く理解することに繋がるのではないでしょうか。

 

 

「皇后」美智子さまが歩まれた平成の30年。友人が見た苦悩と葛藤の日々 - BuzzFeed (「橋をかける」で紹介されているエピソードが多数語られています)

最後の読書

最後の読書

 
星の王子さま (岩波文庫)

星の王子さま (岩波文庫)